記憶をつかさどる脳の「海馬」。本記事では、海馬の基本的な役割から、認知機能や記憶力の維持・向上のために海馬を育てる方法、そして海馬の大きさを測る方法について、解説します。
海馬は、記憶をつかさどる脳の部位で、脳に記憶を保持するための役割を果たしています。脳の老化に最も先行して30代より萎縮が始まる一方、脳の中で唯一、海馬だけは神経が生まれ変わり、萎縮を抑えて大きくすることもできます。タツノオトシゴのような形をしていて、左右に一対ずつあり、それぞれ小指ほどの大きさです。
海馬に関する作品・コンテンツや人物
「海馬」といえば、マンガ「遊☆戯☆王」のキャラクター「海馬瀬人」や、埼玉西武ライオンズの「平良海馬」選手を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
「海馬」がタイトルの曲としては、RADWIMPS「海馬」、ずっと真夜中でいいのに。「海馬成長痛」などがあります。
RADWIMPSは「海馬」というタイトルについて、「見た事のある景色やデジャブのような記憶や感覚、運命的なものは全て海馬で起きている出来事だと捉えた」とSpotifyのLiner Voice+で語っています。
映画ではクリストファー・ノーラン監督の「メメント」(2000年)の主人公で、記憶障害により10分間しか記憶を保てなくなった男性に関しては、海馬が影響しているのではないかと思われます。
「海馬」は記憶をつかさどり、記憶の司令塔などと言われています。記憶の司令塔といっても、全ての記憶が海馬に保存されるわけではありません。
海馬は特に短期記憶に関係があり、新しい記憶は、まず海馬に保存されます。しかし、新しく覚えたことは、普段から使っていないと忘れてしまいます。これは、海馬が忘れてもよい情報と認識することで、人は忘れるとされています。
逆に、普段からよく使う情報に関しては、海馬で一時的に保管された後、大脳皮質に移動します。大脳皮質には、長期記憶として大事な情報が保管されるといわれています。このように、海馬は定着する前の情報を一時的に保管する場所として、重要な役割を担っています。
かけがえのない毎日の時間、特別な日の忘れられない瞬間の思い出、仕事で得た専門的な知識、勉強で学んだことなどを記憶していくことで、人生は豊かになると言ってよいでしょう。こうした私たちの人生・生活にとって重要な記憶を海馬はつかさどっています。
海馬は私たちの日常生活に深く関与しています。
記憶する:
海馬は、人生や日常生活のさまざまな出来事や情報を記憶するために必要です。大切な人の名前や顔、家族との思い出、重要な予定など、記憶をサポートし、人生に豊かさをもたらします。
学習する:
海馬の働きによって、新しいスキルや知識を得ることができます。新しい言語の学習、趣味の習得、職場での新しいタスクへの適応など、何歳になっても学び続けることができます。
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判断する:
海馬が健康に保たれていることで、過去の記憶や経験を元にした判断力の向上が見込まれます。重要な判断が必要となるビジネスシーンや、マルチタスクが必要な忙しい時にも、最大限のパフォーマンスを発揮できるでしょう。
私たちの生活に密接に結びついている海馬ですが、30歳前後より萎縮が始まり、50代を過ぎると加速度的に体積が減少すると言われています[※1]。
萎縮の進⾏・抑制のいずれも、鍵を握るのは⽣活習慣です。
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海馬は、生活習慣によって萎縮する可能性があります。
ストレスが増えると、コルチゾールというストレスホルモンの一種の分泌が過多となり、海馬の萎縮リスクが高まり、海馬の神経新生も抑制されることが分かっています[※2]。海馬の萎縮が進行した場合、「もの忘れ」などの症状として現れます。
ストレスを感じることは自然なことです。そのため、ストレスを発散する機会を定期的に作るなど、ストレスと上手く付き合っていくことが大切です。
睡眠不足は身体への負担を増加させ、ストレス増加・免疫力の低下をもたらすことが報告されています。睡眠不足によってストレスが増えると、海馬の萎縮リスクが高まります。
睡眠を妨げる原因を取り除き、眠りやすい環境を整えることから始めてみましょう。
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過度なアルコールの摂取は、脳にさまざまな悪影響を及ぼします。大量のアルコールを摂取し続けると、認知機能の低下が起こる可能性があります。特に、アルコール依存症に陥ると、記憶力が低下し、日常生活に支障をきたします。
また、「お酒を飲みすぎて記憶がなくなる」といった短期的な記憶障害も、アルコールによって海馬の働きが鈍ることから生じる現象です。
以上のような要因によって海馬は萎縮し、記憶力や認知機能に影響を及ぼすことがあります。
海馬が萎縮すると、生活に悪影響を及ぼす可能性があります。
認知機能の低下[※3]:
海馬が萎縮すると、新しい情報を覚えにくくなります。これにより、予定を忘れたり、大切な情報を思い出せなくなったりすることがあります。
認知症リスク:
脳内で、アミロイドβというたんぱく質が作られます。健康な人の脳にも存在し、通常は短期間で分解、排出されます。
しかし、運動不足等で悪い生活習慣が続くと、アミロイドβは排出されずに脳に蓄積されます。アミロイドβが蓄積されると、アミロイドβの出す毒素で神経細胞が死滅して情報の伝達ができなくなります。これにより脳の萎縮委縮が進むことで、認知機能の低下に繋がり、アルツハイマー型認知症のリスクが高まります。
アミロイドβの蓄積は認知症を発症する20年ほど前から起こると言われており、健康なうちから生活習慣に気をつけることが認知症になりにくい状態につながります。
※原因事象:悪い生活習慣、アミロイドβ・タウ蛋白等の蓄積
脳は、さまざまな要因で萎縮する可能性がありますが、「可塑性(かそせい)」といい、外的な刺激によって機能的・構造的に変化する性質があります。さらに、海馬は神経新生(神経幹細胞や前駆細胞から新たな神経細胞が分化する現象)により、機能が向上することや体積は何歳になっても増大する可能性がある、脳内で唯一の部位であることもわかっています。
海馬の可塑性によって脳の健康が維持され、記憶力や認知機能を維持・向上させていくことができます。ここからは、海馬を育てる方法についていくつかの具体的な事例をご紹介します。
継続的な有酸素運動により、BDNFと呼ばれる血中脳由来神経栄養因子の濃度が上昇します。このBDNFの上昇が海馬の神経新生を促進することが明らかになっています[※4]。
有酸素運動をすると脳血流が上昇し、血液を通じて脳へ酸素や栄養素が行き渡るようになり、脳の働きそのものも活性化されます。
ウォーキング、ジョギング、ヨガなどの運動を定期的に行うことで、海馬を育成することができ、記憶力向上やストレス軽減を期待することもできます。
有酸素運動の際に意識していただきたいのが運動の「強度」「頻度」「時間」です。運動の強度とは最大心拍数を基準として、有酸素運動によって身体にかかる負荷を数値(%)で表したものです。運動時の心拍数を測定し、神経新生を促す運動強度とされる50~75%を目指して運動してみましょう。運動習慣のない方は、初めは40~50%程度の運動強度よりスタートして、少しずつ強度を上げていきましょう。
但し、心疾患のある方など運動制限がある方は、無理な運動は避けてください。
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人の脳は、1日に消費するエネルギー量の20%を消費しています。多くのエネルギーを必要とする脳に、糖質(ブドウ糖)以外の栄養素を供給することで、より脳の機能を維持することができます。
「これを食べたら大丈夫」という特定の食べ物はありませんが、日本食や地中海料理は多品目で、栄養バランスが良いとされています。糖質、タンパク質、脂質といった三大栄養素に加え、ビタミン、ミネラル、食物繊維を摂取するなど、「食品摂取の多様性」を意識して食材選びをしましょう。
様々な食品を一度に摂取できるバランスの良い食事をとることで、たくさんの栄養素をとることができます。1回の食事ごとに多くの栄養素をとることは、認知機能の維持・向上に効果があることがわかっています。
多くの栄養素をとることにより、EPAやDHA・ビタミン等、認知機能の低下や神経保護作用のある栄養素の摂取が可能となるためです。
認知機能低下や将来的な認知症を予防するために、十分な睡眠時間を確保し、質の良い眠りを得られるような工夫を取り入れましょう。
睡眠時間と共に、睡眠の質向上のために、以下のような安眠を取るための工夫をとりいれてみてはいかがでしょうか。
➀規則正しい生活を身に付け、体内時計を整える
➁室温、湿度を調整
➂散歩やランニングなどの軽い運動習慣を取り入れる
➃照明や音を調整
➄自分に合った寝具を選ぶ
➅就寝前の3~4時間以内に、カフェイン飲料をとらない
医学的に、社会と関わりを持つことは海馬を萎縮させるストレス要因を低下させ、他人との交流による刺激が脳内神経ネットワークを活性化させることがわかっています。
コミュニケーションを積極的にとることで、脳の構造自体が変化し、脳の機能を高めることがわかっています。
会話を楽しむことは脳に良い刺激となり、脳の広い範囲が活性化されます。相手の話を理解したり、相手を思いやって話したりすることで、脳に強い刺激を与えます。
特に、積極的に会話をすることで、何歳になっても海馬や前頭葉が活性化することがわかっています。
家族、友人、同僚など、様々な方との会話を楽しみ、脳を元気にする習慣を心掛けましょう。
知的好奇心をもって、物事に取り組むことは、脳にも良い影響を与えることがわかっています[※5]。強い好奇心により、ストレスの軽減・脳の可塑性が上昇し、海馬の萎縮抑制・脳健康の維持につながります。
趣味を楽しむ、新しい知識や言語を学ぶなどは、人生を豊かにする上でも大切なことです。
これらの習慣や行動により、海馬を育て、記憶力や認知機能を向上させることができると言われています。日々の生活において、脳の健康を意識して海馬を育てる行動をとってみましょう。
なお、認知症の後天的リスク因子(全体の40%強)は、運動・食事・睡眠・コミュニケーション等の生活習慣の改善等により低下させられることがわかっています[※6]。健康なうちから生活習慣に気を付けることで、早めの対策を行うことができます。
脳の健康はどのようにすれば分かるのでしょうか。
脳の中でも海馬は、特に生活習慣などの良し悪しを敏感に察知し、増大や萎縮といった変化として反応が出ると言われています。このため、海馬の大きさを測ることで、脳の健康度合いを確認することができます。
海馬には、年代別・性別ごとに平均的な体積と、脳全体に対して占める海馬の割合があります。これらをもとに、萎縮が進んでいるかどうかを確認することができるのです。
海馬MRI検査「BrainSuite」(ブレインスイート)では、海馬の体積を測ることができます。
BrainSuiteは、東北⼤学加齢医学研究所が開発したAI画像解析技術に基づき、記憶をつかさどる「海馬」の大きさを測る脳検査です 。
海馬は小指程度の大きさしかないので、少しずつ萎縮が進んだとしても通常のMRIと医師の目視確認だけで判別することは難しく、通常の脳ドックで分かるのは疾病の有無であり、微細な萎縮度合いの計測ができるわけではありませんでした。
ご参考)脳ドックの検査項目・費用、受けた方がいいケースを徹底解説
東北⼤学加齢医学研究所の開発したAI画像解析技術に基づき、脳の海馬の大きさを測ることができるようになった検査が、BrainSuiteです。20代から80代までの約3,300例の健常者の頭部MRI画像を横断的に蓄積し、そこに約8年分(約400例)の同一被験者の縦断履歴を盛り込んだ「脳画像データベース」。この膨大なデータをもとに、撮像したMRI画像をAI(人工知能)で解析し、海馬の大きさを精密に計測することができます。
同年代・性別と比較した海馬の萎縮傾向も確認することができ、あなたの年齢で維持するべき海馬の大きさを知ることもできます。
生活習慣を改善することで、半年程度でも海馬の萎縮度合いや大きさに変化が生じ、「脳が若返った」という研究結果もあります。
健康診断のように1年に1回、定期的に検査を受けていただくことで、経年変化を追うことができます。
まずは気軽に脳の健康度を確認したい場合は、「脳の健康3分チェック」で注意力・処理機能力を簡易的にチェックすることもできます。
以上のように、生活習慣の改善を行うことで海馬の萎縮を抑え、大きくできる可能性もあります。ご自身の海馬の大きさを知り、海馬を萎縮を抑えることが、脳の健康維持と将来認知症になりにくい状態につながります。
※関連記事:
東北大教授に聞く!脳の健康が生活にもたらす影響とは?~Part1~
東北大教授に聞く!脳の健康が生活にもたらす影響とは?~Part2~
参考文献
[※1] Raz, Naftali et al. “Regional brain changes in aging healthy adults: general trends, individual differences and modifiers.” Cerebral cortex (New York, N.Y. : 1991) vol. 15,11 (2005): 1676-89. doi:10.1093/cercor/bhi044
[※2] Chattarji, Sumantra et al. “Neighborhood matters: divergent patterns of stress-induced plasticity across the brain.” Nature neuroscience vol. 18,10 (2015): 1364-75. doi:10.1038/nn.4115
[※3] Kramer, Joel H et al. “Longitudinal MRI and cognitive change in healthy elderly.” Neuropsychology vol. 21,4 (2007): 412-8. doi:10.1037/0894-4105.21.4.412
[※4] Erickson, Kirk I et al. “Exercise training increases size of hippocampus and improves memory.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America vol. 108,7 (2011): 3017-22. doi:10.1073/pnas.1015950108
[※5] Taki, Yasuyuki et al. “A longitudinal study of the relationship between personality traits and the annual rate of volume changes in regional gray matter in healthy adults.” Human brain mapping vol. 34,12 (2013): 3347-53. doi:10.1002/hbm.22145
[※6] Livingston, Gill et al. “Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission.” Lancet (London, England) vol. 396,10248 (2020): 413-446. doi:10.1016/S0140-6736(20)30367-6